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【アラベスク】  第17章 来し方の楔



第2節 想われ心 [3]




「何で私が知ってるの?」
「ツバサをあの繁華街へ連れて行ったのはお前だ」
 コウが真っ直ぐに美鶴を見つめる。
「それに、最近はよく一緒にメシ食ってるみたいだしな。一番何か知ってるとしたら、お前だ」
「生憎だけど、私は何も知らない。知っていても、私には関係無いけどね」
「相変わらずだな。好きなヤツが出来ても、その性格は変わらないってトコロか」
 コウが口の端を歪める。
「お前みたいなヤツが、あんな遊び人を好きになるとは思わなかったよ」
 素早く視線を投げる。睨まれても、コウは怯まない。
「あんな男に入れ込んで、あんなヤバい所に出入りしてるなんてな」
「お前、霞流(かすばた)さんの何を知っているんだ?」
「何も」
「だったら、知ったような言い方はするな」
 ふんっと鼻を鳴らし、コウは後頭部をベンチの背に乗せ天を仰ぐ。
「本当に、バラすぞ」
 少し曇っている。冬の空だ。風が足元を吹きぬけ、どこからか落ち葉を運んでくる。首元に寒さを感じ、美鶴は小さく身を震わせた。
「どうぞご自由に。前にもそう言ったはずだ」
「強がるな」
 コウは笑う。
「知られたら、困るだろう?」
 ベンチに頭を乗せたまま、首をこちらへ向ける。
「俺だって、お前と同じだよ」
「は?」
「面倒なトラブルは御免だ。だから、わざわざ揉め事を起こしてやろうなんてことは思ってもいねぇよ。だけどな」
 再び上を向く。
「ツバサをトラブルに巻き込むようなら、俺は容赦はしねぇ」
 その言葉がハッタリではないという事など、美鶴にでもわかる。この男は、ツバサの事となると目の色が変わる。
「ツバサを巻き込むな」
「別に巻き込んでなんかいない」
「じゃあ、何だ?」
 身を起こし、背筋を伸ばして美鶴と向い合う。あまり身長差は無い。それに、座っているのでほとんど視線は同じ高さ。だが美鶴は、なんとなく見下ろされているような威圧を感じた。
「なんでツバサは、何かを隠す? 何かを、隠しているよな?」
「だからぁ」
 美鶴は語調を強め、ため息を吐いた。
「それは私にはわからない」
「嘘もいい加減にしろよ」
「事実だ。勝手に嘘つきにするな」
 右手で菓子パンのビニールを握りを、それを左の掌にぶつける。
「アンタさ、ツバサの事、好きなんでしょ?」
「あぁ、好きだ」
 恥じらいもなく答える。その堂々とした風情が、実に男らしい。
 ツバサは、こういうところに惚れたのかな。
「好きなら、私になんて頼らず、自分でなんとかしてみせろよ」
 グッと押し黙る。
「お前が根気良く聞けば、ツバサはちゃんと話してくれるんじゃないのか? 澤村(さわむら)の時だってそうだっただろう?」
 美鶴がかつての同級生だった澤村に捕まった事件を思い出す。
「お前が正面からちゃんと聞けば、ツバサは話してくれるんじゃないのか?」
「俺が、ちゃんと聞けば?」
「何か隠してる? とか、どうした? なんて曖昧な質問じゃなくってさ、気になるんならもっと具体的に聞いてみなよ。その方がツバサも話しやすくなる」
「そういう、もんなのか」
「まぁ、たぶん、な」
「たぶんって、お前なぁ」
 コウの言葉を予鈴が遮る。悔しそうに舌を打つ。
「次、移動教室だった」
 ボヤくように小さく呟き、そうして立ち上がる。
「納得はできねぇけど、まぁ、今回はお前の言葉も信じてやるよ。一応女だからな」
「何だよ、それ?」
「女の気持ちは女の方がわかっていそうだ、って意味」
 不満そうに見下ろし、一度背を向け、そうして首だけで振り返った。
「それから、あの男、霞流って男、本当にあんまり深入りするなよ」
「大きなおせ」
 お世話、と言う前に、コウは背を向けて走り去ってしまった。
「ったく、どいつもこいつも」
 美鶴もゆっくりと立ち上がる。急がないとこちらも遅れてしまいそうだ。
「それにしても」
 どうしてあんな事を言ってしまったのだろう。

「お前が根気良く聞けば、ツバサはちゃんと話してくれるんじゃないのか?」

 まるで、助言でもするかのような言い方をしてしまった。
 だって、そう思ったんだ。ツバサは言いたくはないだろうけど、大好きな相手から誠意を込めて聞かれれば、(かたく)なな気持ちも(ほど)れるのではないか、と。
 誠意を込めて。
 なんて小っ恥かしい言葉なんだ。
 なぜだかガシガシと頭を掻く。
 だいたい、ツバサがさっさと兄を見つけて蟠りを拭い去ってしまえば、こんな事にはならないんだ。本当に、私には関係の無い事なんだぞ。なのになんで私が蔦に責められなければならない? なんで脅されなければならない?

「本当に、バラすぞ」

 正直、聡や瑠駆真に知られるのは困る。もちろん校内の誰かに知られるのも困るが、特にあの二人には知られたくはない。霞流さんが実は夜毎(よごと)に繁華街へ出かけているなどとは。知れば二人は放っとかないだろう。それこそ蔦ではないが、夜遊び人間なんてやめろだなどと、喚き散らして大変な事にでもなりそうだ。特に聡は最近苛立っているようだし。
 思わず足を止める。
 聡、あれ以来、里奈と顔を合わせたりはしたのだろうか?
 里奈は、聡は渡さないと言った。それは、何か考えがあっての事なのだろうか? だとしたら何?
 わ、私が気にしてどうする? これは里奈の問題だ。里奈と聡の問題だ。
 再び歩き始め、早足に教室へ向う。途中のゴミ箱にビニールを投げ捨てる。
 里奈と聡。どうなるんだろう?
 教室へ飛び込むと同時に本鈴が鳴った。





 逃げてきちゃった。
 ぼんやりと教科書を眺めながら、ツバサは頬杖をつく。物理の授業。だが、先生の言葉などまったく頭には入らない。
 コウが気にするのは当たり前だよね。あんな現場を見られちゃったワケだし。
 ツバサが兄を探しているのは、コウも前から知っていた。だがその為に、わざわざ夜の繁華街にまで潜入するとは思ってはいなかったのだろう。
 普通、思わないって。







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